【コロナ禍に考える差別と感染症】語り継ぐハンセン病を読んで

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、「日本にいれば大丈夫」という言葉を何度も聞いた。

今すぐ摂取を受けられるワクチンも特効薬もない状況でそう言い切れるのは何故だろうか。希望を持ちたいがゆえ出た言葉だろうか、はたまた過信だろうか。

もちろん、医療従事者のみなさんの懸命な姿はテレビを通して知っている。医療体制や技術面への不信ではなく、日本という国、その大きな枠組みを安心や平和と結びつけることは、韓国生活が長かった私に「안전불감증(安全不感症:すべてが安全だと疑わないこと)」の五文字を思い浮かばせた。大きな枠組みを構成しているのは私たち、一人一人だからだ。

決して不安を煽るわけではない。むしろその安心や平和をより確かにするために、日本で今も終わっていないもう一つの感染症のことを伝えようと思う。

ふるさと納税の返礼品にいただいた「語り継ぐハンセン病 ―瀬戸内3園から(山陽新聞社)」を読んで知ったことや感じたことを、韓日翻訳者という職業的視点を交えて記す。

編集:山陽新聞社
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もくじ

ハンセン病とは?

1 ハンセン病とは

A ハンセン病は「らい菌」による感染症です。ハンセン病は結核菌と近縁である病原性抗酸菌「らい菌(Mycobacterium leprae)」の感染により引き起こされる慢性の細菌性感染症です。「らい菌」は1873(明治6)年にノルウェーのアルマウェル・ハンセンにより発見されました。

主として末梢神経と皮膚がおかされ、感染者の免疫反応の差異により多彩な病像を示します。発症により手足などの末梢神経の麻痺や、皮膚などにさまざまな症状が起こります。

B ハンセン病は感染しにくく、発症もまれです。ハンセン病は「らい菌」が体内に入り(感染)、引き起こされる(発症)病気です。感染源の一つは未治療の患者と考えられていますが、その他の感染源もあると考えられており、発症の要因も未だに明らかになっていません。成人の場合、日常生活の中で感染することはありません。また感染したとしても発症は非常にまれです。現在、開発途上国などで新規患者が発生しますが、衛生環境や栄養状態が非常に悪いところに発生しています。日本ではハンセン病療養所の入所者や社会復帰者は治癒していて感染源になる人は存在しません。

引用:ハンセン病を学びたい方へ – 国立感染症研究所

ハンセン病は感染力が弱く、日常生活で感染することはない。治療法も確立している。恐れる必要がない感染病だが、不治の病とされ世界各地でハンセン病患者が隔離されていた時代があった。

日本では1907年(明治40年)に「癩予防ニ関スル件」という法律が制定され、ハンセン病対策がはじまる。この時点では自宅療養ができない・していない人たちを収容することが目的だった。

1931年(昭和6年)には「癩予防法」が制定され、自宅療養中の患者も含めすべての患者を療養所に収容する「強制隔離」がはじまる。この辺りから、各都道府県からハンセン病をなくそうとする「無らい県運動」という社会運動が推し進められた。「らい予防法」と表記されるものは1953年(昭和28年)に「癩予防法」を改正したもの。「らい予防法」でもなお強制隔離は続けられる。

1947年(昭和22年)には新薬プロミンの注射が国内ではじめられ、50年代には飲み薬も普及する。1963年(昭和38年)の第八回国際らい会議では強制隔離は時代錯誤であり廃止すべきとされていた。この時にはもう治る病気になっていた。

ところが、日本が「らい予防法」を廃止したのは1970年でも1980年でもなく、1996年(平成8年)だ。1907年(明治40年)の「癩予防ニ関スル件」制定から約90年が経ってのことだった。

このすべての過程に、差別と闘った人たちのただならぬ努力があった。家族と引き離され、職を失い、自由を奪われ、偏見の目を向けられる。家族に迷惑がかかってはならないと、本名さえ名乗れない。90年という歳月は大きな傷痕を残し、この闘いは今もなお続いている。

その闘いこそが忘れてはいけない部分であり、知るべき部分だが、ここでは深く掘り下げないでおこうと思う。実際にお会いして聞いたわけでもなく体験したわけでもない。関連書物を手に取られたり、療養所を訪問されるのが一番であろう。ただひとつ私に言えるのは、過去から学び、絶対に繰り返してはいけないということ。

余談だが、1996年に他に何があったかを振り返ろうと時事通信警視庁のホームページなど複数サイトを見てみたが、岡本太郎や横山やすし、渥美清の死、O157の集団感染、薬害エイズ問題、Yahoo! JAPANのサービス開始、プリクラの流行などについて書かれてはいるが、らい予防法の廃止について何も触れられていないことに妙な違和感を覚えた。(ウィキペディアには記載があった。)

らい予防法違憲国家賠償訴訟とハンセン病家族訴訟

九州大分県別府市の“町の弁護士”である徳田氏は1995年、ハンセン病療養所にいた作家の島比呂志氏から手紙をもらった。「(ハンセン病患者を強制隔離する)『らい予防法』のような悪法を存続させてきたことについて、人権と最も深い関係にある弁護士会の責任はないのか」。徳田弁護士に警策に振り下ろすような手紙だった。“何もしなかった罪”を滅ぼすため、徳田弁護士は1998年のらい予防法違憲確認及び国家賠償請求訴訟を起こした。

引用:[ルポ]小鹿島の涙を拭いてくれた“13年間の同行”は日本の町の弁護士から始まった – ハンギョレ

「何もしなかった罪」―傍観、見て見ぬふり。差別だけが罪ではない。

らい予防法を違憲とする熊本地裁での国家賠償訴訟「らい予防法違憲国家賠償訴訟」で、2001年(平成13年)に原告側が勝訴した。その際に弁護団共同代表を務めた徳田靖之弁護士の事務所は大分にある。私の家から徒歩圏内なのに知らずにいた。

らい予防法違憲国家賠償訴訟の原告はハンセン病元患者たちだったが、強制隔離によって苦しめられたのは元患者たちだけではない。同じように家族も悩み苦しみ差別を受けてきた。そこで2016年(平成28年)、家族を原告とする訴訟が熊本地裁に提訴され、2019年(令和元年)に国家賠償法上の違法性が認められた。「ハンセン病家族訴訟」だ。

安倍晋三前首相が国の責任を認め控訴しないことを表明したニュースはまだ記憶に新しい。1960年代には時代錯誤だと言われた政策による元患者家族の被害が、「令和」になって認められたのだ。

【参考】ハンセン病家族訴訟、政府控訴せず 首相表明

在日韓国・朝鮮人の患者の多さ

「語り継ぐハンセン病」に、在日朝鮮人が何人か登場する。偶然かとも思ったが、ハンセン病は栄養状態が悪いことで感染・発症してしまうという特徴から気になり調べたところ、次のような記述を見つけた。

あまり知られていないが、ハンセン病患者には在日韓国人が多い。全国13の国立療養所には約4500人の患者が収容されているが、そのうち約500人が在日といわれ、1割を超えている。

引用:<鳳仙花>◆在日のハンセン病患者◆ – 東洋経済日報

この一割が多いかどうか、ということで在日韓国・朝鮮人の割合を調べてみた。

全国の在日韓国・朝鮮人は479,193人で、人口100人あたり0.38人。

引用:都道府県別在日韓国・朝鮮人

当時のデータではないが、それでもこの数を見るとハンセン病患者に在日韓国・朝鮮人の割合が多かったことがわかる。

植民地時代に過酷な環境下にあったことや民族的差別により戦後特に貧しかった在日韓国・朝鮮人の栄養状態は当時、よくなかったと思われる。

同じ民族の日本人に対してもなんらかの理由で差別し、貧困や感染の危険が高まる状況に追いやった事例もあったことだろう。差別がさらなる差別を生んだ事例ではないだろうか。

ことわざから見るハンセン病

韓国では今でもハンセン病患者を差別する呼び方である「ムンドゥンイ(문둥이)」を耳にすることがある。2000年代に入ってから描かれたマンガにも出てきたりする。日本の「かったい」のような位置づけだろうか。

日本でも「かったいのかさうらみ」ということわざを今も時折耳にしたり読んだりする。癩(かったい)とはハンセン病のことで、瘡(かさ)とは皮膚病(主に梅毒)のこと。類義語には「目くそ鼻くそを笑う」が挙げられる。

韓国にもムンドゥンイに関連することわざがある。

문둥이 콧구멍에 박힌 마늘씨도 빼먹는다(ムンドゥンイの鼻の穴に詰まったニンニクの種まで奪い食う)

これ以上奪うものがない人からさらに搾取しようとする例えで、極度に欲深い様を指す。隔離政策がハンセン病患者からあらゆるものを奪ったということを、当時の人も知っていたのだろう。

また、韓国では他道の人が慶尚道の人をボリムンドゥンイ(보리문둥이)と悪く言うことがあるが、このムンドゥンイの由来はいくつかの諸説があり、ハンセン病患者からきたのかどうかは定かではない。慶尚道内では親しみを込めて互いをムンドゥンイ(縮めてムンディなど)と呼ぶことから、賢い子という意味のある「文童(문동:ムンドン)から来たという説が有力ではないかと思われる。

【参考】[역사산책] 경상도 보리문둥이(?)

ちなみに、韓国のハンセン病隔離政策は日帝時代に敷かれたものがあり、その被害者は2006年に日本政府から補償を受けられることになった。その際に日本での訴訟で代人を務めた弁護士の一人がらい予防法違憲国家賠償訴訟の項目で述べた徳田靖之弁護士だ。

徳田弁護士はハンセン人人権弁護団を率いるパク・ヨンリプ弁護士と抱き合いながら、目を潤ませた。

引用:[ルポ]小鹿島の涙を拭いてくれた“13年間の同行”は日本の町の弁護士から始まった – ハンギョレ

何かと取り沙汰される日韓関係、このように助け合い固く団結している人たちが存在することも同時に知ってもらいたい。

【参考】韓国のハンセン病訴訟手伝った日本の弁護士たち、加害国の良心的勢力の役割が重要

【参考】[ルポ]小鹿島の涙を拭いてくれた“13年間の同行”は日本の町の弁護士から始まった

コロナウイルスで改めて考える感染症

コロナウイルス拡散初期、アジア人というだけで差別されたり暴力を振るわれたという海外のニュースを何度も耳にした。菌を保有しているかどうかは見た目からはわからないが、東アジア人の容姿からコロナウイルスを連想する知識不足や偏見による事件だ。

逆に今、イギリスで変異種が見つかったことで「イギリス人っぽい人」への差別も起きているかもしれない。ハンセン病元患者たちも、完治はしていても容姿からハンセン病を患っていたことがわかると差別されてきた。

昨日(2021/1/22)ニュースになっていた、感染したことで周囲に迷惑をかけたという罪悪感から自殺した新型コロナウイルス感染症患者は、ハンセン病の感染が周囲に気づかれることを恐れ自殺や一家心中をした人と重なる。(関連ニュース:「自分のせいで周りに迷惑」 コロナ感染 自宅療養の女性が自殺

コロナウイルスの感染力は強く、わからないことも多い。たしかに不安が伴う。感染力が強い分、いつどこで感染するかわからない。そんな感染への恐怖を抱いていても、感染後に待っているかも知れない差別や偏見を怖がっている人はあまりいないように感じる。その理由は「知らないから」かもしれない。

今が、日本が歩んで来た誤った歴史を学び、先にいかすときではないだろうか。

国に責任を丸投げするのではなく、同じ過ちを繰り返さないためには一人一人が過去の教訓とたしかな情報をもとに行動するべきだ。たとえそれが未知のウイルスであっても。

難しいことは何もない。自分がされて嫌なことを他人にしない。とりあえずこの幼稚園児でも知っているようなシンプルな真理を忘れないでおきたい。差別しないことは差別されないことにも繋がると信じている。

【外部リンク】“コロナ差別”乗り越えるヒント ハンセン病訴訟弁護士に聞く

まとめ

「語り継ぐハンセン病 ―瀬戸内3園から」を読んで私が学び感じたことは、ひとまず以上だ。未熟さを晒してまで伝えたいと思った。

感染症や差別について書くのははじめてで、知識も浅く、韓国に興味がない方には支離滅裂な内容かもしれない。もし間違ったことを書いていたら遠慮なく指摘していただきたい。(お問い合わせフォーム

病気による差別のみではなく民族差別や部落差別などさまざまな人権問題が存在する。それを完全に取り払えるなんて思っていない。それでも、一人でも多くの人を笑顔にできる可能性がそこにあるのなら、一歩踏み出す勇気はおのずと湧いてくるはずだ。

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